私のハートが開くとき①ー突然にきた衝撃

(★私のハートが開くとき①)

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(そのときは突然きた)

当時の私は、チャクラディアーナというチャクラを活性化する瞑想をしたり、和尚に勧められたムーラマントラを唱えていたり、生活そのものが静けさの中にいる感じでした。

もちろん昼間は仕事ですからワイワイガヤガヤなんてこともありますが、夜はほとんどが自分自身と向き合う時間となっていました。無理してそうなってたわけではなく、自然とそのような生活になっていたのです。

この当時、別章の「最後のカケラを探して」のところでも書きましたが、私自身も内面を見つめてかなり浄化されてきていたので、いい意味で感覚も研ぎ澄まされ、ちょっとしたことにも感動して涙が止まらなくなったりしてました。

なので何となく、そろそろハートが爆発するかも、という予感みたいなものは確かにあった気がします。

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ちょうどそのとき、私はクリシュナのマントラソングを聞いていました。

今でもはっきり覚えていることは、何かのスイッチが突然入ったようにハートがものすごく熱くなり、どうしようもない至福感に包まれたのです。天から光のシャワーが雨のように降ってきたような感覚がありました。

そして、理由もないのに嬉しくて嬉しくて涙がボロボロ落ちてきました。ティッシュペーパーの箱が空になっても、涙はなお止まらなかったのです。

それからの1日はとても大変でした。道行く人を見ても、赤ちゃんを見ても、妻や子どもの横顔をみても、何をみても感動して涙がでてしまうのです。

野に咲く花も庭の石ころも、すべてが輝いていました。実際に光を強く感じていたのではないかと思います。見るものすべてがきらきらと輝いていました。感謝してもしきれない、幸せすぎてどうしていいのかわからない、幸せすぎて身が悶えてしまうような感じでした。

あれから10年以上が経ちましたが、一生分の涙を10回分くらい使い切ってしまったのではないかと思えますが、今でもその状態は続いています。

昼間は仕事の忙しさに(一時的に)忘れたりしますが、夜になるとその感覚が戻ってきます。

ただ、今は最初のときよりも(もっともっと)深いところでハートが静かに感じている感覚があります。

苦しみも悲しみも、孤独も深い闇も、私が持っているすべての感情を愛に変えてしまうほどの静かではあるが激しさと力強さがあります。

表現するのは難しいですが、今は至福感とか幸せとか、そういう言葉すら使いたくありません。

命(いのち)を感じて魂の奥深くがうずくようなこの感覚。言葉にはできませんが、魂が震えて涙があふれることでしか表せないこの思い。

この感覚は私だけのものにしたくないのです。すべての人のハートが目覚めたらいいのにな~と真剣に思っています。

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※クリシュナ神のマントラソングはこちらのページ「私のハートを解放したクリシュナ」を確認しみてください。
Om Namo Bhagavate Vasudevaya
(オン ナモ バガヴァティ ヴァスディヴァーヤ)

※チャクラディアーナという瞑想方法はこちらのページ「チャクラ瞑想(Chakra Dyhana)でチャクラが目覚める」を確認してみてください。

●ハートが開き”いのち”を感じていたときに私の光のツインレイ、シュアクリーナが送ってくれたHARUNAさんのAmazing GraceはリニューアルされてYouTubeにアップされてました。素晴らしいものですのでぜひとも聴いてみてください。

(⇒その②に続きます)

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