私が密教の世界へ足を踏み入れたのは、人生を支えて導いてくださった和尚との出会いがきっかけです。
自己紹介のページにも書きましたが、私は幼少期から吃音に苦しみ、コミュニケーションをとることができずに、「自分は社会のお荷物だ」と思いながら生きてきました。そんな人生のどん底で出会ったのが、高野山真言宗の大阿闍梨様でした。
その出会いをきっかけとして、私の人生は少しずつ好転していきました。
いままで何をやっても上手くいかなかったことが、なぜか少しずつ動き出す。まるで噛み合わなかった歯車が、ゆっくりと音を立てながら合い始めるようになる――。本当に不思議な感覚でした。自分の中の思いはいっこうに変わらないのに、小さな奇跡がいくつも起き始めたのです。
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あの当時、和尚のもとには全国から多くの人が訪ねてきていました。関東だけでなく、関西や、四国や、九州からも、北海道からも、たくさん来ていました。
病気、仕事、人間関係、家族、お金、恋愛――などなど。
皆、それぞれに深い悩みを抱え、救いを求めてお寺を訪ねて来たのです。
なぜそんなことを知っているのか。それは、私自身も、その中の一人だったからです。当時の私は、お寺まで車で三時間ほどかかる場所に住んでいました。それでも毎週のように和尚のもとへ通いました。
救ってほしかった。
助けてほしかった。
人生を変えたかった。
ただ、その一心でした。
和尚は、そんな私をいつも静かに迎えてくださいました。山の上のお寺から下り、ご自宅へ招いてくださったこともあります。ご家族の皆様と一緒に昼食をご馳走になったこともあります。
お寺では、相談に来られる方々と挨拶を交わしながら、私は別室で静かに瞑想して過ごしました。あの頃の私は、大学を中退し、家にもどこにも居場所がなく、心も身体も限界寸前でした。特に精神的に深く追い詰められており、どうやって生きていたのか今でも思いだせない部分が多々あるほどです。
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和尚のお寺で過ごす中で、私は密教の持つ「目には見えない力」を、何度も目の当たりにしました。それは単なる精神論で片づけられるようなものではありません。
真言を唱え、印を結び、仏を観想する――
密教の神髄である「三密(身・口・意)」を和尚が行うと、人や物を動かして変えていく不思議な力を感じたのです。もちろん、当時の私には難しい教義などは理解できませんから、感じることしかできませんでした。けれども、和尚のそばにいるだけで、私自身も目に見えない力の影響を受けていたことは間違いありません。なぜなら、私の中で何かが変わっていくのを感じていたからです。
張り詰めていた心が緩み、乱れていた人生が少しずつ整っていく。見えない力に引っ張られて導かれるように、私は救われていったのです。
その後、私は何度も和尚に「密教を教えてください」とお願いしました。しかし和尚は、「まずは自分自身と向き合いなさい」と言いました。「本当に学ぼうと思うなら、在家でも学べるはず」とも言いました。(当時の私の状態をすべてお見通しだったのですね)
なぜ心が弱くなるのか。
なぜ身体が弱くなるのか。
なぜ苦しみを抱えるのか。
まずはそこから逃げずに見つめなさい――と。
いま振り返ると、和尚は“密教の技法”より先に、“人としての土台”を整えなさいと教えてくださったのだと思います。”自分軸さえもブレブレの状態で密教を学びたいとは何事か”と優しく諭してくれたのかもしれません。
あれから幾年もの時間が流れ、ようやく私も密教の阿闍梨となることができました。少しでも和尚に近づきたい。その一心で歩んできました。
けれど、いま振り返ってみると、和尚はやはり遥か先を歩いておられる存在なのです。。。
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(阿闍梨になってわかったこと)
密教を学ぶ中で、私は空海が築き上げた世界の壮大さに何度も驚かされました。
私がこんなこと言うのはおこがましいかもしれませんが、空海は単なる宗教という枠を超えた、“宇宙の理(ことわり)”そのものを形として表現したのだと思います。(あの時代は「宗教」という枠組みにするしかなかっただと思います)
真言、印、観想。
それらは単独で存在しているのではなく、人の内面と宇宙の流れを繋ぐための智慧の体系として構築されているのだと思います。(ちょっと難しいですね。ごめんなさい。簡単に言ってしまうと、密教システムは宇宙エネルギーを動かす仕組みなのだと思います)
私は、その力が現実に作用していく場面を、何度も体験しました。仮に誰かがこの技法だけを真似たとしても、このエネルギーは動いてしまうのだと思います。使い方を間違えれば恐ろしいことになる。だからこそ密教は、古来より口伝のみにて、限られた者へ慎重に伝えられてきたのだと思いました――。
しかし
その一方で、時代はいま、大きく変わり始めています。
閉ざされた時代から、開かれた時代へ。暗黒の時代から、風の時代、宇宙意識の時代へと変わりました。そんな時代だからこそ、宗教という枠を超えて、密教の智慧や学びを伝えていきたいと思っています。
宗教としての密教から
宇宙規模の密教へ
私自身、まだまだ学びの途中ではありますが、このブログを通して、少しずつ皆様にお伝えしていけたらと思っています。
このブログで綴る言葉の中に、もし誰かの心を少しでも照らす光があるなら――。
それはきっと、和尚からいただいた光なのだと思っています。
これからも密教に関する様々なテーマで記事を書いていきますので、ぜひ読んでみてください。
