●父の命日に感じたこと
昨日が父の命日でしたので、今日仕事が終わってからお墓参りに行きました。
お彼岸のときは家族全員で行きましたので、今日は私だけで行きました。
もう午後の5時頃になっていたのですが、今日は風が強くて寒くて、おまけに雲に覆われていてどんよりした感じでした。
そこで、父のお墓、本家のお墓参りをしたあと、無縁仏さんたちが眠るところや、おじぞうさん、馬頭観音さん、などいろいろな神様仏様にもお線香をお供えしてきました。
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そして五智如来堂に手をあわせていたとき、こんなの始めてと言うくらい、左肩に突き刺す感覚がきました。
ああ、誰か来たな~
と思いましたが、もうだいぶ暗くなってきてたので、浮かばれていない御霊さん、苦しんでいる御霊さん、一緒に私の家にいきましょう。私の家にはいろいろな神様がいるので、阿弥陀如来の光の世界に連れていってもらいましょう、と言いながら帰ってきたのです。
ついでにお寺にいる龍神様も六地蔵様も馬頭観音様も、よかったらわが家に遊びにきてくださいね~
と伝えてきました。
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●その夜のわが家は大変なことになりました。
すべての苦しんでいる御霊、浮かばれていない御霊、その御霊を抱きしめています。
私の愛では足りないかもしれませんので、阿弥陀如来様はじめ龍神様やお地蔵様、イエスキリストや聖母マリアのお力までお借りして御霊の方々を光と愛で包んでいます。
もう、私の涙ではない大量の涙が出てきて顔がグチャグチャになっちゃってます。
自殺して崖から飛び込む瞬間の苦しみやその後の後悔の苦しみなど、いろいろな映像も出てきています。
苦しみ、恨み、怒りや悲しみなどの感情も私の中で映像として出てきています。
私はそのすべてを感じて、そして愛で包んでいます。
これが私にできる浄霊の唯一の方法なのです。癒してあげられるの何の打算もない慈愛だけしかない。。。
私が御霊から学ばせてもらいながら実践してきた方法です。今はすべての御霊を愛で癒せる感覚があります。ようやく自分自身の無償の慈愛を信頼することができるようになってきました。
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●私の幸せってこれなんだ
目に見えない苦しんでいる御霊を抱きしめて光の世界にお帰しさせていただくこと。これが私の幸せなのだとわかりました。
私の苦しみではないけど、私の苦しみでもあるこの感覚、涙が溢れて、涙が溢れて、悲しみが解放されると幸せに包まれるのです。
虚空尽き 涅槃尽き 衆生尽きなば
我が願いも尽きなむ
空海の偉大さに比べたらまだまだちっぽけな私ですが、少しだけ空海の気持ちを感じることができるようになったのかもしれません。
ずっとこの慈愛の中にいたいな。
静かな夜に記します。
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