神や仏に祈りを捧げたとき
願いを叶えて欲しいとお願いしたとき
あなたの願いは叶えられますか?
実は
私はいままで、どうして神は気まぐれなんだろうって思ってきました。
だって、どんなにお願いしても叶えられない願いもあれば、あっという間に叶えられる願いもあるからです。
そもそも
神は何を基準に、叶える、叶えない、を判断しているのでしょうか?
私はずっと疑問に思っていました。
●願いを叶えるには2つの方法がある
まず、願いを叶えるとはどういうことなのか考えてみます。
あなたが願いを叶えたいと思ったとき、叶える方法は2つあります。
①1つは、自分の努力でひとつひとつステップアップしながら願いを叶えていく方法です
実は、あなたが思っている以上にあなたには限りないパワーと無限の可能性があるのです。ですからあなたが目標を明確に定めてたゆまぬ努力をしていけば、たいていの願いは叶えられます。
こちらが日常生活で私たちが普通に行っていることです。
②もう1つは、神仏や自然霊など人間の力を超えた存在に頼って願いを叶えていく方法です
この場合、神のパワーとスピードは私たち人間をはるかに超えていますので、「神の速さと偶然としか思えないタイミング」で願いは叶えられます。(俗にいう奇跡的なタイミングはこちらです)
●あなたがジャッジしているだけ
①については努力するのみということですが、問題は②についてです。
私の願いは、いつでも、どんな願いでも、常に100%叶えてもらいたいのですが、現実にはそうもいきません。
なぜでしょう?
●私の内なるガイドはこう言いました
神が「願いを叶える、叶えない」のジャッジをしたことは一度もない。ジャッジしているのはすべてあなたです。
あなたは、神に願いを実現するように頼んでおきながら
さあどうしよう?
何をすれば願いが叶えられるか?
とさらに思考を回転させている。そこが最大の原因。
とのことでした。
あなたは神に頼んだと言っておきながら、なお自分で「ああでもない、こうでもない」とやっている。神はあなたのすべてを尊敬しているので、あなたが自分で悩んで解決することを選択したのなら、それを見ているだけ。
だから
神に頼んでも叶えられる願いもあれば叶えられない願いもある、は事実ではない。叶えられたものはたまたまあなた自身の力で実現できただけ。叶えられなかったものはあなたの力ではどうしようもなかったということ。
だから神は一度もそのときの気分で、叶える、叶えない、を決めたこともないし、ジャッジしたこともない
とも言いました。
●寝ていても願いは叶うのか?
私はいままで、「人事を尽くして天命を待つ」ということわざもあるように、自分の力でやれるべきことをやって、それでもだめなら神が手助けをしてくれるもの、と考えていました。
でも、今の回答だと「ああでもない、こうでもない」と考えさえしなければ、努力しなくても願いは叶えられることになります。
それが本当なら、たとえ寝ていても願いが叶うことになってしまいます。
それって本当?
●奇跡が起きるとき
内なるガイドはさらに続けます。
世の中に起きている奇跡を考えてみればわかるはず。
多くの奇跡は死を覚悟するような出来事に遭遇したときにおきている。その理由は、そのような状況になったとき、初めて人は本気で神に祈るから。
自分の力ではどうすることもできないとわかったとき、人間の力なんてちっぽけなものだって(心から)悟ったとき、人は本気で神に祈る。
もちろんそこには「ああでもない、こうでもない」なんていう考えは一切ない。切羽詰まった状況ではあなたの思考が入り込む余地がない。
●本気で祈ることができれば寝てても願いは叶う
じゃあ、本気で神に祈り、思考もなしで、ああでもない、こうでもない、もなしで神に委ねることができれば、すべての願いは叶えられるのですね?
私は内なるガイドに問いかけました。
そのとおり
あなたにそれができれば、願いはすべて神の速さで実現する
実際には潜在意識やその奥の領域まで含めて思考活動を止めるのは無理なのですが、神にお願いした以上は「ああでもない、こうでもない」と考えるのをやめてみてはいかがでしょうか。
それだけでも思った以上に願いが叶いやすくなります。(私のリアル経験より)
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