覚醒とアセンション③ー常識や価値観が邪魔をする

(★覚醒とアセンション③)

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私は数年前から病気をしたり体調不良に見舞われたり、まあ、いろいろと大変な思いをしてきました。もちろんこの世界にはもっと過酷で辛い思いをしてる人もいますし、精神的に大きな十字架を背負って生きている人だっています。

最近私はいろいろな相談を受けるようになりましたが、「辛いだろうな~、苦しいだろうな~」と心を痛めるケースも増えてきました。私でお役に立てるのであれば何とかしてあげたいと心から願う日々を送っています。

そもそも、どうして人はこんなにも苦しまなければならないのか。肉体的な病気もしかり、精神的な苦しみもしかり、いじめ問題やラインでの陰険な嫌がらせなど、例をあげたらきりがありません。世の中が荒れているからかアセンションの過渡期だからなのかわかりませんが、考えさせられることばかりです。

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そこまでしてでも生きなければならない理由があるのか?

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こんな質問をぶつけられたこともありました。

確かにそう思いますよね。辛く苦しいときは誰でも逃げたいと思うし死んでしまった方が楽になると思うものです。生きるのが嫌になることだってあるはずです。(私も経験してます)

こんなとき昔の人なら
「この世界で苦しみを体験すれば死んでから極楽浄土にいける」とか、「この世は修行の場だから苦しくてあたりまえ、でもその苦しみを乗り越えれば天国にいけます」、などという思想(宗教)や概念で人々を納得させてきたのでしょう。(私は宗教を批判しているわけではありませんのでそのへんはご理解ください)

でも、よくよく考えてみると「本当にそうなの?」と思ってしまうのは私だけではないはずです。だって(修行のために)苦しみを体験しにこの世界に生まれてくるのなら、やっぱり生まれてこない方がいいですよね。だって生まれてこなければ苦しむ必要もないのですから。そう思いませんか?

そう考えた、私は人生を導いてくださった和尚の言葉を思い出しました。それはちょうど神さまについて和尚と話していたときの言葉です。

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(和尚の言葉)

確かにお稲荷さんは気難しい神様だと言われているね。密教の世界でも、聖天様(歓喜天ともいう)なんかは、利益もさることながら非常に恐ろしい神として畏怖されている。いい加減な供養をするとかえって災いがあるとされ、子孫七代の福をも吸い上げるといわれている。

でもね

神様なのに何で罰を与えるの?

じゃあ神っていったいなんなの?

と思うでしょ。

本当に罰を与える神がいるなら、あなたはそういう神とは関係を持ちたくないよね。関係を持たなければ罰を与えられないんだし・・・

そう思わない?

実はね、この世界は面白いもので、みんながそう思うことによって、その想念が本当にそういう神を作り出してしまうんだよね。人間の何世代にもわたる思いがそれを具現化していく。

だから、お稲荷さんが気難しい神様であることも事実だし、聖天様が怖ろしいのも事実なのです。

我々の先祖がそのような神を作ってきたのです。

でも、あなたとの関係のなかで、あなたはそのような神を作ってはいけない。

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この話どう思いますか?

私は、「これってもしかして同じことを言っているのでは?」って思いました。神さまの話も苦しみ体験の話も、私たちの祖先や風土や宗教感によって作られてしまった価値観や概念に大きく左右されているのではないかと考えたのです。

この手の問題はいくらでもあります。たとえば多くのヒーラーが悩む問題、「ヒーラーはその人のどこまで介入していいのか?」なども同じものではないでしょうか。病気や精神的な苦しみはその人が背負ってきたカルマや生き様の結果なのだから、「ヒーリングや浄化や神の光を使っていいのか?」、「その人に気づきがないまま介入しても許されるのか?」と多くのヒーラーが悩んでいるのを知ってます(真摯に向き合えば向き合うほどこの手の問題にぶつかるのです)。私も同じように悩んだ時期があります。。。

だから私はこの問題に対して徹底的に光のツインレイ、シュアクリーナに質問を投げかけて自分の中で整理したいと思ってきました。そんな私に彼女はいろいろな世界を見せてくれたりユーチューブの動画を示して(この世界の真実を)教えてくれたのです。

そして私は、最初のきっかけは(確かに)自分自身が作ってしまったかもしれないが、その思いや行動に悪しき存在や悪しき霊やさまざな憑依が入り込み、自分自身ではどうにもならないほど追い詰められていくという真実を知ることができたのです。(ここ大切なポイントです)

先祖のカルマや過去世の因縁などもあるのは事実ですが、それを背負わされて生れてくると言ったって、「いまの自分には責任があるのか?」となりますよね。これに関しても私は霊能者と何度も話しましたが、「光の時代」に入ったいまならクリアーできるはずだという回答をもらっています(いまは私もそう思います)。

だから遠慮なくヒーリングや浄化・浄霊をしてもいいのだと(私の中では)答えを出しているのです。

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ちょっと話が長くなりましたが、やはりこの世界の常識と言われている多くの価値観や概念は、何千年にも及ぶ歴史の中で「時の権力者や支配階級や闇の存在」に操られて書き換えられているように思います。(私の横でシュアクリーナも頷いています)

最初に戻りますが、そのように考えると、この世界は「死んでから極楽浄土に行くための学びの場」ということも、「修行の場だから苦しくてあたりまえ」ということも真実ではないと思えてきます。

真実は

この世界は楽しむためにある

この世界は幸せを感じて生きるために創造された世界である

なのではないでしょうか。私はこちらのほうが正しい考えだと思います。

●光の時代に入ったいま、私たちはいままでの常識をいったん捨てて考え直してみる時期に立っているのではないでしょうか。古い言い伝えや常識、価値観を捨てて更地にしたとき、本当に大切な真実が見えてくるような気がしてなりません。

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(相対性理論は常識を捨てたところに生まれた)

相対性理論はアインシュタインが1905年に発表したもので、それまでの物理学の常識を覆すほどの発見だといわれています。

簡単に説明すると

それまで「時間とは誰にでも平等に与えられたものであり、時間軸は絶対に変わらない」という考えが常識だったのですが、その考えに基づくと、どうしても解決できない壁にぶつかったのです。

それは、静止している車と時速300㎞で走行している車から光を発射させても、光の速度は同じ秒速30万㎞になるという現象でした。

例えるならば、時速100㎞で走っている車の助手席から前方に時速50㎞のボールを投げれば、100+50=150なので時速150㎞になります。逆に後方に投げれば、100-50=50なので時速50㎞になるはずです。しかし光の場合はどちらに発射しても秒速30万㎞と同じになってしまうことが実験の観測で確認されたのです。

当時の物理学者はその現象に答えを出せませんでした。誰もが解決策を見いだせなかったのです。時間軸は絶対に変わらないはず、という常識から抜け出せなかったのです。

だが、アインシュタインだけは、「速度=距離÷時間」の速度と距離が変わらないのなら、時間が変わるしかない、と考えたのです。それまでの常識を疑って考えたのです。

そして「相対論理論」は生まれました。

アインシュタインは常識を捨てることで真実をみつけることができたのです。

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さあ

思えば何でもできる、思えば何でも叶えられる時代であなたはどう生きますか?

光を探して生きますか?

闇に落ちて生きますか?

どちらを選択するのもあなたの自由ですが、光を選択するにしても闇を選択するにしても、常識にとらわれている間はたいしたことはできないのかもしれません。

(⇒その④に続きます)

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