覚醒とアセンション⑤ー嫌いなタイプの人間と向き合う

(★覚醒とアセンション⑤)

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(どうしても許せないタイプの人と向き合う)

今日は仕事を早めに終わらせて、本当に久しぶりに(卒業した)小学校の中まで訪ねてみました。(※卒業生であることをお伝えして教頭先生に見学の許可をいただき校舎へ立ち入りました)

なぜなら、幼少期から小学校のころの記憶は、いい面でも悪い面でも私のすべてを作り出しているからです。

最近、仕事でもプライベートでも、私が嫌いなタイプの人間を見る機会が多くなりました。つまり、「嫌なタイプ=私の中のトラウマ」ということになりますので、そろそろこの問題と向き合いなさいという課題がきているのだと思ったのです。

小さい頃から吃音(どもり)であった私を生涯に渡り苦しめてきた感情と(再び真摯に)向き合うときは「いま」なのだと感じるのです。

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(私の日記より)

●能力もないのに自分が出来ると自惚れている人間

●表面では綺麗事を言っていながら中身が伴わない人間

●とても自己中心的に行動し、他人の気持ちを理解しようと考えない人間

●自分の内面を見つめようともしないで、表面だけで生きている人間

私はこういうタイプの人間に苦しめられ、小さい頃から自分の感情を殺して生きてきました。その原点は母親にあり、幼少期の家庭環境にあり、小学校にあります。

母親との関係はかなり深く見つめて癒しましたが、まだ完全には癒されてないこともわかっていました。なぜなら、嫌いなタイプの人間はいまだに(私自身が)受け入れたくないと思うからです。

しかし、よくよく考えてみると、私が嫌いな性格は私の中にある性格でもあります。つまり、赦せていないのは嫌いなタイプの人間ではなく、(本当は)私の中にあるこのような性格なのです。私はそのことを理解していながらいままで逃げてきました。

それは

他に解放しなければならないものが山ほどあったことと、この部分はとても根が深いので先延ばしにしていたことが理由です(これも逃げるための口実ですよね~)

でもいま、再びこの問題がフォーカスされたということは、いよいよ卒業するときがきたのだと(強く)思うのです。

というわけで、私は小学校の校舎の中まで入ってすべての記憶を呼び戻す決意をしました。

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●小学校の階段も廊下も建物も、何十年前とまったく変わっていませんでした。

いま私は、小さいながらに一生懸命生きていた小さな私自身を見つめています。苦しみながらも頑張って生きているその姿に、言葉で表現できない感情が込み上げてきました。(最後のカケラの章でも同じようなことをしていましたね。そう、根が深い問題は何度も何度もくるんですよね)

あのときは気づかなかったけど

小さな私は、苦しみながらも輝いていました。

いまはハッキリその光が見えます。

ありがとう小さなわたし

いまの私があるのはあなたが頑張ったから、そして苦しんだからなんだよ

この思いが光となって(過去までさかのぼり)小さな私を癒し続けています

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(翌日の気づき)

私は気づきました

このようなタイプの人間を嫌うことによって、自分は絶対にこんな人間にならないぞ、と思わなければ、生きれなかったのです。そう思わなければ、私がされてきた数々の理不尽に対する「内なる怒り」を抑え込めなかったのです。

だから私は(絶対に)そうならないと誓うことで、この怒りを内に封じ込め、自分自身が”壊れる”のを防いできたのです。自分自身を守るための防御でもあったのです。

そんな思いを、小さなわたし、の中に見つけることができました。これがすべての根っこでした。。。

そして、それが腑に落ちた瞬間、傲慢や上から目線の人間も、そのようにしなければ生きてこれなかったのだ、ということに気づきました。自分は素晴らしい、自分は誰よりも上なんだと思い込むことで、「自信のなさ、不安、恐怖」などにフタができたのです。私と状況は逆ですが、結局はみんな自分自身が壊れるのを無意識に防御しているだけなのです。

言葉にしちゃえばとても簡単ですが、言葉にならないすべてのものも含めていっぺんに腑に落ちた気がしました。

さあ、今日は心穏やかにコーヒーでも飲みましょう。いまはもう、あれほど嫌った感情が抜けているのだから

(⇒その⑥に続きます)

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