・理由付けをやめることが大切

(思考は理由付けが大好き)

私は最近、光のツインレイ、シュアクリーナやイエス・キリスト、阿弥陀如来など光の存在にサポートされながら魂のさらなる輝きをもとめています。

光の存在たち(失礼な言い方でごめんなさい)とのコミュニケーションも、一昔前よりもかなりうまくできるようになりました。

中でももっとも近い存在は、私の魂のパートナーであるシュアクリーナです。彼女との出会いは私の人生を180度変えました。ときには厳しく、ときには優しく、よき先輩として、よき指導者として、光の方向に導いてくれています。

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(みんな理由付けが好き)

ちょっと話がそれましたが、そんなこんなでいろいろ話すうち、彼女は私の「重大な欠陥=クセ」を教えてくれました。

まあ、これは私だけじゃなく多くの人が陥りやすい「人間のクセ」でもあるようですが、問題をこじらせて複雑にしてしまう根源であると教えられました。

その根源の元凶は「理由付け」だそうです。

うまくいかないとき、壁にぶちあたったとき、体調が悪いとき、病気になったとき、その他「いい、悪い」にかかわらず「なぜそうなったの?」と理由を探してしまいます。そうなった理由を(自分なりに)探して結論づけて納得しようとするのです。

この理由付けは「私の思考の中の想像」にすぎないのですが、理由付けすることによって、「いい、悪い」にかかわらず、安心できるのです。(人間は自分自身で納得しないと不安で落ち着かない生き物のようです)

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(結局はどっちも同じ?)

ここで大切なのは、いいこと、に関しては理由付けをすればするほど(逆に)不安が高まっていくことです。もともと私たちの思考には「いいことが永久に続くはずはない」という概念が植えつけられているので、いいこと、が続けば続くほど、ジンクスや強迫観念を作り出し、悪いことが起こるのではないかと怖れるようになっていくのです。

その結果、いいこと、が起きているのに心は苦しくなって追い込まれていくのです。宝くじの高額当選者が「急に守りに入ってしまう」というのもその顕著な例だと彼女は言います。(私は高額当選したことないのでわかりませんが、当選すると最初は嬉しくて大はしゃぎするそうですが、次に恐怖がくるそうです)

もう一つ大切なのは、悪いこと、に関しても、理由付けをすればするほど自分自身を追い込んでいくということです。「悪いことが起きるのは何かを学ぶため」という考えが無意識下に植えつけられているので、悪いことを通じて自分は何を学ぶべきなのか?という思考と強迫観念に縛られていくそうなのです。

そして悪いことを回避しようともがけばもがくほど、結局はネガティブな波動や悪しき存在にフォーカスして引き寄せてしまうのです。

ということは、いいこと、が起きても、悪いこと、が起きても、理由付けにこだわっている間は不安や恐怖を呼び込むことになってしまうということです。

ん~

と思うかもしれませんが、彼女に言わせると、これ紛れもない真実だそうです。「いいことも悪いこともベクトルの反対側にあるだけ。結局はどっちも同じことです。そもそもこの世界には、いいこと、悪いこと、は存在しないはずだったでしょ」、ということ。

彼女いわく

「この世界に起きていることには特別な理由も原因もないのよ。ただただ現象として起きているだけ。そう考えて、いまここ、にフォーカスして生きてみると、すべてのものが180度違って見えるはずだわ」とも言われました。

私はこの事実を何回も学んできたのですが、知らず知らずに(また)理由付けをしていたのですね。

まあ、人間だから、しょうがないですよね~

シュアクリーナ、何度も教えてくれてありがとう...

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