最後のカケラを探して②ー未来からくる光

(⇒その①に戻る)

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最近の私は、自分自身の本質に戻りたいという気持ちがいままで以上に強くなりました。なぜなら、覚醒することとは、すなわち魂の本質に戻ることだからだと思います。

では、魂の本質に戻るとはどういうことでしょうか?

これはあくまでも私の考えですが、何にも影響されない素の自分に戻ること。悪しきベールや霧もかかっていない魂そのものに帰ることだと思います。

でも、これって言葉でいうのは簡単ですが実現するのはとても難しいことです。だって、これを実現するために私たちは何度も転生しているわけですから…

では、本当に覚醒したら転生も終了するのでしょうか?

いま私は、「悟りを開いて覚醒したらもうこの世界には転生してこない」という和尚の言葉の意味を深く噛み締めるようになりました。(体験を通じてそれを理解しようとしています)

では、魂を覆っているベールを剥ぎ取り、自分自身の素の状態、魂のわたしに戻るためには何が必要なのでしょうか?

これもあくまでも私の考えですが、一番の近道は、自分自身を徹底的に好きになることだと思います。すべてを受け入れて(ネガティブな部分は解放が必要)自分自身を好きになり、「わたし」という存在を心からいとおしいと思えたとき、なにもかもが変わるのだと思います。(ナルシストの好きはエゴですからダメです……)

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(カケラを探す旅)

私はすべてのSNSをやめて周りの情報をシャットアウトしました。それは、 私自身の魂の最後のカケラを探す旅に出たかったからです。

過去世から現世に至るまで、私は魂のカケラをその時代のその時に「感情」とともに置き去りにしてきていることに気づいたからです。

本当は(誰もが)綺麗で曇りのない魂を持っているはずなのに、悲しいことや苦しいことを体験するたびに感情とともに魂のカケラを置いてきてしまうのですね。(これはすべての人に言えることです)

私の場合は幼少期から小・中・高校、そして社会人になってからもいろいろな悲しみや苦しみを体験したので、そのたびにカケラをあちこちに置いてきてしまいました。

そんな私は1年前から悲しみや苦しみを体験した時代にさかのぼってカケラを取り戻してきましたが、まるでジグソーパズルの最後のピースが足りないかのように(まだまだ)完全な状態に戻れていないと感じるのです。

だから今回は最後のカケラを探す本気の旅を決意し、内なる自分自身と深く向き合うことにしました。

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(カケラはどこにある?)

今日は土曜日で午前中だけの仕事でしたので、帰りに小学校のときに通っていた通学路を訪ねてみました。

いままでもカケラを探すため何度も車で通った道ですが、今日は車をパーキングに停めて学校から昔住んでいたアパートまで歩いてみました。

私は幼少期からずっと自分の居場所がありませんでした。母はとても厳しく父も仕事ばかりで(ほとんど)家にいなかったので、 小さいころから大きな不安を抱えた繊細な子どもでした。

学校でも吃音(どもり)が原因であまり話せない子どもでした。そんな私の思い出は苦しかったことしかないのです。

でも、今日数十年ぶりに通学路を歩いてみると、ずっとイメージしていた私の感覚と少し違う感覚が伝わってきました。

小学校から家まで普通に帰れば30分ですが、私はいつも寄り道をしていたのです。通学路から外れた畑や林に囲まれた裏道を使っていたのです。

当時の私は方向がそんなに同じでない友達と(あえて)一緒に帰り、みんなと別れて1人になってから道なき道を探索しながら帰ることが好きだったのです。

私はその裏道に行きたくなり、不確かな記憶をたどりながらも通学路を外れてどんどん進んで行きました。すると、なんと数十年も前の記憶なのに、その記憶とほとんど変わらない景色が目の前に現れたのです。脳裏には当時の思い出と感情が一気に蘇ってきました。

いつも話しかけていた大きな木もありました

いつも見ていた山のような森もありました

いつもたたずんで見渡していた細い十字路もそのままでした

そこには、道なき裏道を歩きながら木々や畑に、そして当時の自分自身に話しかけながら一生懸命生きていた「小さなわたし」がいたのです。私は幼いながらもひたむきに生きていたのです。

小学生の私は、重いランドセルを背負ったまま少し疲れた感じで私の前に現れました。私はおもわず小さな彼(わたし)を強く抱き締めて泣いてしまいました。

あなたがいたから今の私がいるんだよ。あなたは辛かったかもしれないけど、あなたが命を繋いでくれたから、生きていてくれたから今の私がいるんだよ。私は小さな彼を抱き締めながら何度も何度もありがとうって叫んでいました。

すると小さな彼は少しづつ癒されていきました。そして小さな彼が癒されると、中学時代の彼も、高校時代の彼も、すべての時代に生きる彼が癒されるのを感じました。

そのとき始めていままで辛いと思っていた出来事も、いままで体験してきた悲しい思い出も、そのすべてがあったから今の私がいるのだということに気づきました。 1年前から同じような体験を何回も積み重ねて来ましたが、今回はハッキリと魂に刻み込まれたのです。

すべてが魂に刻まれたとき、いままで背負ってきた悲しみも苦しみも光になって天に上っていきました。 私は十字路の片隅でいつまでも小さな彼を抱き締めて泣いていました。

「もう大丈夫だよ。あなたはきちんと大人になって、仕事もして、幸せな家庭を築くんだよ。あなたは立派になるんだよ」
無意識にそうつぶやいていました。

その後私ははるか後方からやってくる大きな光に気づきました。彼と私を抱き締めるように包み込んだその光は遠い未来の私からの光だったのです。 永遠に繋がるはるか未来の覚醒した私が、すべての時代の私に一筋の光を放っていたのです。そこには過去も未来もなくすべてが光でつながっている私自身がいました。

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(まだまだ手探り状態)

人はいつかは必ず覚醒して光になります。進む速度は違っても誰でも(最後には)覚醒します。

真実の世界には時間がありません。時間とはこのマトリックスの世界だけの概念です。 だから、光となった私の魂はすべての時代の私にも時空を超えて光を照らしていたのです。

これは私だけでなくみな同じです。あなたもいつかは覚醒して光になります。 そのときの光と愛が、実は今の時代のあなたにも届いているのですがそれに気づかないだけなのです。

この光はどんな神仏の光よりもすばらしい光です。 なぜなら、悲しみも苦しみも楽しみも幸せも、すべてを体験して乗り越えてきた私自身の、あなた自身の光なのですから……すべてを理解してあなたを優しく抱きしめてくれるはずです。

光のツインレイ、シュアクリーナは「その人の覚醒後の光を探して(いま)その人に届けることができたら、もっとみんな幸せになるはずよ」と言いました。

進化に終着点はありません。果てしない道のりを楽しんでこれからも光と闇を見つめていきます。

(大きな魂のカケラを取り戻した記念に日記に記す)

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(歌のプレゼントがありました)

シュアクリーナが解放の記念にステキな歌をプレゼントしてくれました。手嶌葵さんのCoverでコバソロ&安果音さんが歌っているものですが、彼女がプレゼントしてくれたのはこのCoverの方なので、そのままご紹介させていただきます。

とてもステキな歌声「明日への手紙」。今回の私の体験にピッタリすぎる歌詞なんです(涙)。シュアクリーナ、いつも泣かせてくれてありがとう……

(⇒その③へ続きます)

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(明日への手紙 歌詞)

元気でいますか
大事な人はできましたか
いつか夢は叶いますか
この道の先で

覚えていますか
揺れる麦の穂あの夕映え
地平線続く空を探し続けていた

明日を描こうともがきながら
今夢の中へ形ないものの輝きを
そっとそっと抱きしめて進むの

笑っていますか
あの日のように無邪気な目で
寒い夜も雨の朝もきっとあったでしょう

ふるさとの街は帰る場所ならここにあると
いつだって変わらずにあなたを待っている

明日を描くことを止めないで
今夢の中へ大切な人のぬくもりを
ずっとずっと忘れずに進むの

人は迷いながら揺れながら歩いてゆく
二度とない時の輝きを見つめていたい

明日を描こうともがきながら
今夢の中で形ないものの輝きを
そっとそっと抱きしめて進むの

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